クレーン

Story

ワシの名はエンドウカメキチ。交差点を渡ろうとして立ち往生した老夫婦と、それを救った運転手の話をしよう。何でもかんでもスピード重視の世の中で、横断歩道の信号は、お構いなしに青から赤へと変わっていく。年寄りにとっては、横断歩道を渡るのも命がけなのじゃ。

老夫婦が交差点で信号を渡ろうとしていたんじゃ。おじいさんも、おばあさんも結構な年齢で杖を突いているし、そんなに早く渡れない。信号が青で点滅し始めると、おばあさんは立ち止まって、こう言ったんじゃ。

「おじいさん、次の青まで待ちましょう」

しかし、おじいさんは相当な頑固者と見える。

「うるさいっ」と言い残し、横断歩道を渡り始めたんじゃ。

「うるさいっ」「うるさいっ」と威勢はいいのじゃが、なかなか歩が進まない。

そして途中で足がすくんでしもうた。

なんとその時、信号は赤になり、大きなクレーン車が交差点に進入してきた。

ワシも、タマコさんも、ナスミさんも、クリタさんも、もうだめかと思ったその瞬間だった。

ガチャっと扉が開き、大柄の男が、おじいさんに駆け寄ってきた。

そして、自らもクレーンのように、おじいさんを抱え上げたのだ。

「そうだよな。信号が変わるのが早すぎて、とても渡り切れないよな」

男はおじいさんに同情を示しながら、おじいさんを抱えたままで、さっそうと横断歩道を渡り切った。

そして、沿道の私たちに、サムアップの決めポーズを示して、再びクレーン車に戻って、走り去っていったのじゃ。

おじいさんは目をぱちくりさせるだけ。もう「うるさいっ」とは言わなくなっていた。 世知辛い世の中だが、強面で大柄の男が示した大きな大きな優しさに、何か救われた気持ちになったのじゃ。